熊野古道を一人の外国人写真家が歩き、そしてそれをカメラに納めました。
彼の祖国には、この熊野古道と同じ、巡礼の道があるそうです。

『サンティアゴ巡礼の道(スペイン・ガリシア州)』

二つの巡礼の道を『祈りの道』と題し、相田みつを美術館特別企画展として開催しています。(’09年3月15日まで)

洋の東西を問わず、宗教の、そして巡礼の奥深さを感じることが出来ると思います。
熊野古道へ・・・さあ、出発してみませんか?
1、熊野古道・熊野三山と時宗の関わりについて
2、熊野古道について
3、中辺路を歩く 
・紀伊田辺駅よりバスにて滝尻王子へ
・滝尻王子〜昼食
・昼食〜継桜王子(泊)
・朝7時発〜発心門王子(昼食)
・昼食〜熊野本宮大社へ
・時宗の名号碑へ
4、本宮まで公共交通機関ご利用の場合
5、本宮大社からお帰りの交通機関の古道の続き
6、本宮大社からの古道の続き
7、おすすめの温泉
8、エピローグ

普照院住職が、平成20年12月3〜4日に熊野古道を歩いた記録を、順次公開して参ります。

【熊野古道・熊野三山と時宗の関わりについて】
・熊野三山
 古来より霊場として厚い信仰を集めている熊野。多くの修験者が集まる熊野の中でも、熊野三山である熊野本宮大社・熊野速玉大社(新宮)・熊野那智大社は浄土信仰との関わりも深く、本地垂迹思想より、本宮の本地は阿弥陀如来、新宮の本地は薬師如来、那智の本地は千手観音と呼ばれるようになる。

・時宗宗祖 一遍上人
 延応元年(1239)伊予国豪族河野通信の五男、通広の次男として生まれた。母の死により10才で出家。大宰府の聖達上人より浄土教を学び、弘長3年(1263)父・河野通広の死により伊予へ戻り河野家を相続。半僧半俗の生活を送る。しかし輪鼓が地に落ち止まるのを見て仏法のむねを感得し再出家。その後。善光寺参詣による二河白道を感得。四天王寺では賦算(お札配り)を始めた。

・一人の僧への賦算
 文永11年(1274)夏、熊野への参詣の道にて一人の僧と出会い賦算を試みる。
この僧は、信心がおきず受け取れば妄語となると拒む。しかし一遍上人は押し問答の末に強引に念仏札を渡す。念仏札を押しつけた行為は間違いなのではないか、または神仏の思慮があるのでは、と考え、熊野本宮証誠殿の前で思案する。
その時、証誠殿の戸が開き、長頭巾をかけた白髪の山臥が現れる。
融通念仏をすすむる聖よ。御房のすすめで一切衆生が往生するのではない。十劫の昔より往生は南無阿弥陀仏と決定している。信不信をえらばず、浄不浄をきらわず、その札をくばりなさい。
この白髪の山臥こそ熊野権現であり、強引な賦算を受け取った僧であった。
この熊野権現よりの神託によって、念仏は悟りの本分であり唯一の道である事を悟る。信不信をえらばず、浄不浄をきらわずに念仏札をくばり続けることを一遍は誓うのであった。これが時宗立教開宗の時となった。

・熊野成道図
 一遍上人が熊野権現より神託を受ける場面を描く。
元絵となる最古のものは、国宝『一遍聖絵』巻第3第1段にある熊野参詣の場面。
また諸本が流布している『一遍上人縁起絵』巻第1第2段に描かれる構図を元絵としたものが、現存する『熊野成道図』の主流となった。現在は時宗独自の法要である「別時念仏」に用いられている。
またこの『熊野成道図』からは『大隈正八幡影向図』が誕生する。
一遍上人が大隈正八幡から授かった歌が時宗独自の念仏「一気十念」の秘訣とされ『熊野成道図』と共に神からの相伝「神勅相承」そして重要視された為である。
また「西国三十三観音像」や「熊野十二所権現像」など熊野信仰に影響された仏教絵画では、遊行上人が拝む姿を書き込まれたり、
史実や物語として伝わる『小栗判官・照手姫』(時宗総本山内寺院・長生院には、この小栗と照る手姫の墓が安置される。)のように、多くの分野にて時宗と熊野は密接につながるのである。
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【熊野古道について】

   熊野古道は大きく分けると、3つのルートがございます。
『小辺路』・・・高野山(十津川村方面)より
『中辺路』・・・紀伊田辺(中辺路村方面)より
『大辺路』・・・紀伊田辺より *海沿ルート(R42号)→図では省略

また熊野参詣道としては、この古道以外にも伊勢神宮からの伊勢路と、吉野からの大峯奥駈道がございます。

今回の私が歩いたのは、その中で一番多くの参詣者が訪れる『中辺路』です。
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【中辺路を歩く】
《紀伊田辺駅よりバスにて滝尻王子へ》
駅前のビジネスホテルにて朝7時起床、8時発のバスに乗る準備にかかります。
ホテルを出た平日の朝のJR紀伊田辺駅前は、各方面からの学生さんでごった返しています。前日の夜に到着した際には想像も出来なかったくらいの人の数で、タクシーの運転手さんも大急ぎの朝食のようです。
さて我々一行は、バスにて出発点である『滝尻王子』駅へ向かいます。
駅前には、バスの停留所が全部で3ヶ所ございます。
滝尻王子に向かうバスは『西日本JRバス』です。くれぐれもお間違いのないようお願いします。
ちなみに朝8時のバスを逃すと、次は10時20分までございません。また学校がお休みの期間や土日は運休となりますので、これも注意が必要です。休日に熊野古道を歩く方は、直接バス会社にお問い合わせ下さい。
*出発前には、本日の昼食と水類を持参することも忘れないようにして下さい。
《滝尻王子〜昼食》

《滝尻王子》
09:00
滝尻王子前に着きますと、バス停からすぐ目の前に、熊野古道案内書がございます。
ここへは必ず立寄って、写真上の『古道めぐり地図帳』をもらって下さい。その他のどんな地図より役に立ちます。ちなみにこの案内所には、私達の宗祖の布教活動を描いた『一遍聖絵』のレプリカが展示されています。
それでは、いざ出発!
・・・の前に少しお土産屋さんと立ち話。「語りべヨッシー」の店と看板が出ていましたが、その名の通り色々と熊野古道について教えていただけます。
今から出発だからおみやげなんて・・・と、私も思いましたが、語りを聞いてみると少しお話するのも悪くないと思いました。
お話がためになったら、ミカンの一つでも買ってあげましょう。一袋100円でした。

さあ、出発です。
まずは【滝尻王子】にて、これからの旅の無事を祈願します。
さて、ここから歩き始めて5分もすると、誰もが
「しまった・・・」
と思うはずです。しかし、ここは我慢の時です。
約30分の急な上り坂ですが、これを耐えてこその熊野古道ですから、ゆっくりと一歩一歩進んでください。
そしてしばらくすると、二番目の王子【不寝王子】に到着します。ここで少し休憩するのも良いかもしれません。ここで先程のヨッシーのミカンを買った方は、ミカンの有り難味が分ると思います。
この後は高原熊野神社を通り、一気に高原霧の里休憩所まで行ってしまいましょう。ここでの景色は、なかなかのものです。
ここからまた歩くこと約45分で【大門王子】を通過し、【十丈王子】にて昼食となります。この昼食場所はあくまでも参考にしていただければ結構ですが、この前後で他に休む所はあまり無いと思います。また、昼食時の水分購入の為の自動販売機等は、高原霧の里休憩所からはもうありません。
また、女性の方はお手洗いにも注意して下さい(休憩所からは、十丈王子手前までありません)。
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《不寝王子》
09:30
《高原熊野神社》
10:45
《高原霧の里》
10:50
《大門王子》
11:45
《十丈王子》
 12:15

昼食風景です。
とりあえず椅子がありますよ、といった程度ですが、とてもありがたいです。
《昼食〜継桜王子(泊)》
《昼食終了》
12:45
《大坂本王子》
14:00
《道の駅》
14:15
(30分休憩)
昼食を足早にすませ、出発進行です。この昼食時間は日没の時間に合わせて調節下さい。私達は12月初旬の登山の為、日没が早いと判断しました。
さてここから暫くは、単調な上り下りが続きます。正直、あまり印象に残っていないルート区間です。この【大坂本王子】も、忘れた頃に到着しました。この近辺は、滑りやすい急な石階段が多くなっております。午前中と違いかなり楽になり、またリズムカルに歩けるようになってきているだけに、気をつけて下さい。
《牛馬童子像》
15:15
*牛馬童子口バス停(道の駅内)より約30分の所に、この像があります。
さて、大坂本王子から15分もすると、久しぶりに下界と遭遇します。
ちょうど国道沿いの『道の駅:熊野古道中辺路』があり、熊野古道をバスにてお楽しみの方々が近辺を散策されています。
いままで水分補給が出来なかった方は、ここでは自動販売機もありますから、しっかり備蓄していきましょう。さらには、明日もしばらく水分購入は無理ですから、明日の分も併せて購入しておいてください。(*水筒等があれば、宿でお茶を入れてもらえます。)
ここから約30分の所にある「牛馬童子像」は、この熊野古道の中で最も有名な像だと思います。
平成20年の秋頃、この像の頭を砕いて持っていってしまう事件がありました。私達が登山した時には修復されていましたが、恐ろしい世の中になってきたものです。
《近露王子》 15:30
さて、道の駅にて疲れを癒したらここからは、山道と住宅地を行ったり来たりになります。
「牛馬童子像」を過ぎましたら、次の【近露王子】近辺は、なんとも不思議な昭和レトロな集落の中となります。
映画のワンシーンとでもいいましょうか、昭和40年代の農村風景を今もなお残しているかのような場所です。(先程、自動販売機は終了と書きましたが、この集落にも一応あります。)
ここを休ます一気に抜け、本日のゴールを目指しましょう。
本日の最終地点は、もうあとわずかです。
さて、次の王子である【比曽原王子】に到着する頃には、もうだいぶ日が落ちてきていると思います。
我々の初日のゴールである【継桜王子】は、ここから約15分である上にこの辺りは、ちょっとした集落になりますから、安心して最終地点を目指しましょう。
《比曽原王子》 16:15
《継桜王子》
  16:30
無事到着出来ましたでしょうか?
継桜王子にあるこの大杉は、この熊野古道内にある他のどんな杉と比べても、歴史を感じるものですから、体も限界に近づいている所ではあると思いますが、是非階段を登ってみていただければ、と思います。
では、本日の宿『のなか山荘』に電話をかけて、迎えてにきていただきましょう。